30のやりたいことリストを作成してみた!

目次

自分ってなにをやりたいんだろう…?

ふと、「あれっ、自分ってなにをやりたいんだろう…」と思うことがあります。

こう思うのは自分が幼い時からなんですよね。

というのも、私は今まで「これやりたい!!!」って思ったことはないんですよね、1回も。

ただ、やりはじめると集中してやることができてはいました。

なので、大学では卒業論文で賞を受賞することができましたし、その他のこともとくにできなくてやめた、ということはあまりなかったです。

でも、そのためかもしれないんですけど、1つのことを生涯やり通そうとは思えなかったですし、実際していません。これは人間関係も同様です。

そんななか、ふと「自分でなにがやりたいんだろう…」って思うこともあるのです。

30のやりたいことリスト作ってみた!

というわけで、無理やりではあるものの、やりたいことリストを作ってみることにしました。

そういえば、文章としてリストにまとめたことなかったので良い機会かなあと思います。

以下が私のやりたいこと30選です。

1.月額で額面賃金を100万円にしたい

2.一人でいたい

3.でもたまにきれいな女性と一緒にいたい

4.ブログを書き続けたい

5.家から出たくない

6.毎日7時間は睡眠をとりたい

7.一人海外旅行をしたい

8.一人国内旅行をしたい

9.ノマドワーカーになりたい

10.たまにサッカーをしたい

11.リフティングをしたい

12.筋トレをしたい

13.野菜を毎日1kg食べたい

14.自分がどんな歌が好きなのかを知りたい

15.巧妙なウソをつけるようになりたい

16.本をたくさん読みたい

17.記憶力をあげたい

18.プログラミングで稼げるようになりたい

19.大学数学をマスターしたい

20.理系の大学院に入り直したい

21.大学教員になりたい

22.コンサルをやりたい

23.くるみを食べたい

24.内向型を極めたい

25.毎日4時間は集中力を保っていたい

26.掃除を自動化したい

27.洗濯を自動化したい

28.毎日本を1冊は読みたい

29.本を書きたい

30.論文を書きたい

改めて自分がどんなことに重きをおいているのかを理解したような気がする

いや~書くとやっぱり自分が何に重点を置いているのかわかりますねえ。

私の場合は、研究をやっぱりやりたいのかなあ。

とすると、今の仕事は違うような笑

でも、現場で働きながら論文を書くことだってできますからねえ。

とまあ、今回はこんな感じです。

仮性包茎で悩んでいる方ちょっと立ち止まってこの論文を読んでみよう、という話

今回紹介する論文は、渋谷知美[2018]「仮性包茎手術を正当化する言説の1970-90年代における変容――『医療化された男らしさ』概念を手掛かりとして――」東京経済大学人文自然科学研究会『東京経済大学人文自然科学論集』87-113ページ、所収です。

まあ、CMとかでも男性がタートルネックを着て宣伝しているものとかありますからね。包茎の方はなんとなく気になってしまうのもわからなくもないです。

ただ、そういった「漠然とした不安」というのはだいたい気苦労に終わりますからね。

今回紹介する論文はそういった不安をあおる言説を調査・考察したものです。

  結論からいいますと、

 ・時代が下るにつれ、仮性包茎手術を正当化する言説のバリエーションは増加するという仮説は妥当ではない。

 ・ただし、<フィクションとしての女性の目>を体現する言説が存在はしていた。

そしてこの結論から筆者は、

現代日本社会で起こっている『男の生きづらさ』というのは,多かれ少なかれ,このようにして発生しているのではないだろうか。男女間の問題と思われていることは,じつは家父長制下での男性と男性の間の問題であることに,私たちはもっと注意深くなるべきなのではないだろうか」(本文、112ページ)

という考察をしております。

なるほど。男性と女性の問題と考えられているものは実は、「男と男」の問題なんだと。この結論を寅さんが聞いたらびっくりかもしれませんね笑。

ちなみに、本論文は次のような研究のデザインをしております。

 ・創刊号~1999年までに刊行された『ポパイ』『ホットドッグ・プレス』のうち114記事(包茎に関する記事)を選択。

 ・雑誌記事を対象としているのは1970年代~1990年代にいたるまでインターネットが普及しておらず、そのため、ネット記事を対象外にしている。

よくやったなあ、という感じですね笑

こうなったら、2000年代以降の言説を継続して調査してもらいたいなあ。

おそらく変わっていないんでしょうけどね。「イエス、〇〇クリニック!」とかタートルネックを顔の半分くらいまでかぶった男性が踊るCMといった宣伝形態ではなく違うかたちで残って。

あと上には書いていないんですけど、他にも包茎に関する記事を書いた雑誌もちろんあるわけで、それも調査してほしいなあと思います。

今回はこんな感じです。

恵方巻からでもこんなことを考えられるんですよ、という話

 ハロウィンで軽トラをひっくり返したという話を見聞してから、「あれ、ハロウィンってそんな行事だったっけ?子供たちが近所の家を回ってお菓子もらう行事じゃなかったっけ?」と思うように。

 さらにそこから派生して「ハロウィンって最近定例の行事になってるよな~。なんでそんなことになってるんだろう」と思い、google scholarで検索をかけたところ、沓沢博行「2009]「現代人における年中行事と見出される意味―恵方巻きを事例として―」筑波大学比較民族研究会『比較民族研究』第23号、131-151ページという論文をみつけました。

 そこでこの記事では上記の論文を紹介し、あるイベントが年中行事になってしまう要因を探っていきます。

目的

   この論文の目的は、「恵方巻を事例として現代人の年中行事のあり方の考察をすること」です。

結論

恵方巻は、その普及する過程においてその時代の需要を巧みに取り入れ、変化を重ねてきた。そして現在は全国的な行事として多くの人々に受け入れられるに到っている。販売する側は、多様化する現代人の価値観に合わせ、行事に更なる価値を付加しており、恵方巻は世相に合わせ今も進化を続けているといえる。また、受け手側は提案される様々な価値を主体的に選択することが出来、それが恵方巻の普及の大きな要因となっている。一方で、節目を求める年中行事本来の意味もまた現代人には根ざしており、それも恵方巻を行う動機となっていることを指摘しておきたい。この節目の感覚については、より深く分析を加える必要があるだろう」(本文、149ページ)

 なるほど、ある物事をイベント化するには供給側のみならず、需要側がそれをある意味で自由に変化することが可能であるという条件が必要ということですな。

感想

 この論文は、恵方巻という一つの行事を事例としてそこから年中行事の意味や普及する過程の法則を導出しているわけですけど、これって恵方巻が特殊な例であるということを否定しているわけではないよなと。

 つまり、他の年中行事と分類されるものでも検証する必要があるのかなあとは思います。ただ、個人的にはこういった一つの事例で普遍性を求める帰納法は好きなので大変興味深く読めましたけどね。

 今回はこんな感じです。