公文が「苦悶」になるとき

 

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いらすとや

 

はじめに 

こんにちは。nombre imaginaireです。

 

多くの介護事業所で実施されているのかどうかは不明ですが、幣事業所では「レクリエーション」の一環として公文をやっています。

 

その効果ははなはだ疑わしいのですけど、まあそれはともかく、この公文はボランティアの方がやってくれるときもあります(職員が担当するときもある)。

 

ただ、この公文、利用者が楽しんでくれればそれでよいのですけど、しばしば利用者にとって「苦悶」になっていることがあるのです。

 

というわけで今回は、善意でやっているはずの公文が利用者にとって苦悶になっている理由を書いていきます。

 

 

 

公文が苦悶になるとき

 

まず第一に、とにかく「無理やりやらされる」ということです。

 

「無理やりやらされる」のは公文をボランティアの方がやってくれるときにしばしば生じます*1。

 

この間は最近傾眠がひどくなってきたある利用者が公文を受講する日だったのですが、その受講する日も傾眠がひどく、机が目の前にあると突っ伏してしまうような状態だったんです。

 

それにもかかわらず、そのボランティアの方は「〇〇さん、こんにちは~。公文の時間ですよ~」と言って車椅子を移動させて公文をやる部屋に連れて行ってしまいました。

 

もちろん、その連れて行かれた利用者の傾眠は続いたままなので、公文をやっている最中も机につっぷしたまま。

 

それでもそのボランティアの方は「〇〇さん、眠いのかなあ~。大丈夫ですか~」と甲高い声で話しかけ、公文を利用者にさせようとしていたわけです。

 

これ、実際に現場をみるとなかなか恐ろしいんですよ。だって、眠たそうな人に無理やり話しかけて起こし続けようとしてるのとあんまり変わらないんですよ。

 

でも、そのボランティアの方のそういった行動に対して事業所側としてはあまり口を出せないんですよね。だって、長年の付き合いがありますし。ボランティアの方に注意したら、事業所の悪口をつぶやかれるかもしれませんし。

 

というわけで、30分ほど傾眠気味の利用者とボランティアの方の公文という名の苦悶が行われたわけです。

 

おわりに

 

今回は、介護事業所での公文が苦悶になっている理由を説明しました。

 

確かに、公文をやることは利用者にとってちょっとした暇つぶしにはなるかもしれません。

 

しかし、無理に公文をやる必要もないと思います。とくに最近、体調に変化が見られた利用者に対しては。

 

というわけでこのへんでおわりにします。それでは。

 

*1 決してボランティアの方をディスっているわけではありません。

利用者に「若いのにこんな仕事して大変ねえ」とディスられたときにどのように返答すればよいか

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いらすとや

はじめに

こんにちは。nombre imaginaireです。

今年度新卒で介護業界に入った方や、2・3年目の若手の方は利用者に一度は言われる(た)であろう、「**若いのにこんな仕事して大変ねえ**」という軽いディス笑。

このようにディスられたとき、返答に困りませんか?

だって、「そんなことないですよ」と頭から否定すると利用者との関係が悪くなりそうですし、実際、このディスは的を得ているところもあるからです。

実際私もこのようにディスられたとき、「そんなことありませんよ」と頭ごなしに否定したところ利用者から「あぁ、そうかい…」と微妙な顔をして返答されてしまったほろ苦い経験があります。

というわけで今回は、利用差に「若いのにこんな仕事して大変ねえ」とディスられたときにどのように返答すればよいかをご紹介します。

結論から言うと、「**オウム返し、そして軽い否定**」をしよう!ということになります。
以下で説明をします。




ポイントは「オウム返し、そして軽い否定」

先にも書いたように、ポイントは「**オウム返し、そして軽い否定**」をするということです。

具体的には、次の3ステップをふみます。

 1.利用者に「若いのにこんな仕事して大変ねえ」とディスられる
 2.職員は「若いのにこんな仕事をするのは大変だと思っていらっしゃるんですね」とオウ
 ム返しをする
 3.その後、「ただ、○○(ここには自分が考える介護のおもしろさや楽しさなどを入れ
 る)なんですよ~」とほほえみ(営業スマイルでOK)ながら返答する
 4.「そうなのかい。そんな思いでお世話してくれるなんてうれしいねえ」と利用者が喜ぶ
 5.利用者との円満な関係性を維持もしくは構築できる!

たったこれだけです。なんてシンプル!

オウム返しをして、その後に軽い否定をする。それだけで、気まずい雰囲気になるどころか、むしろ和やかな雰囲気になってしまうのです。しかも、円満な関係性を構築できるかもしません。

おわりに

今回は利用者に軽くディスられたときの返答のしかたを紹介しました。

こんなこと書いて、「今さらかよっ!」と思われるかもしれませんが、この方法は私一人が実践しただけであり、皆さんが実践して同じような結果になるかは保証できません。あしからず。

ただ、相手の言ったことをそのまま返す行為自体は「相手の話を聴いてますよ」という相手に信頼をもたせるようなメッセージになるので、多少は普遍的なのかと。

あと、ほかに良い方法があったら教えていただきたいですねえ。よろしくお願いします。

というわけで今回はこのへんで終わりします。

もしよろしければ、ご参考になさってください。それでは。



上司が夜勤に慣れるためコンビニで夜中にアルバイトをしていたという話を聞いて思ったこと

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いらすとや

 


はじめに

 

こんにちは。nombre imaginaireです。

 

介護職の方なら一度は経験したことがあるかもしれないもの。それは夜勤です。

 

私も現在月に8回以上夜勤をしています。

 

夜勤は手当がつくので、すればするだけ月給があがるという点では夜勤をするメリットはあります。

 

他方で、夜勤は身体的にも精神的にも多くのダメージを残します。

 

なので、夜勤を忌避する動きもあるわけです。

 

私自身も働き始めのとき、「夜勤大丈夫かなあ…」と不安がってました。

 

そんなとき、職場の上司に「〇〇さんが夜勤を初めてするときって、どんな対策をしてました?」と質問したんです。

 

その返答は私にとって違和感をおぼえさせるものでした。

 

では、その上司は何と回答したのでしょうか。答えは「あぁ、コンビニで夜中アルバイトをしてたよ。夜中に働くのに慣れるためにね」です。

 

以下では、私がこの回答に違和感を感じた理由を書きます。

 

上司の回答に違和感をおぼえた理由

 

夜勤って慣れるの?

 

一つ目の理由が、「夜勤って慣れるものなのか」というものです。

 

たしかに、夜中にコンビニでアルバイトをすれば、通常は寝ている時間帯に無理やり起きて仕事をするのがどういった感覚なのかを多少理解することはできそうです。

 

しかし、夜勤を経験された方ならわかっていただけると思うのですが、夜勤って全く慣れません。

 

睡眠時間を満足にとれないですし、利用者が不穏だとその対応をしなければならなくなります。もちろん、コールにも対応しなければならないですしね。

 

コンビニでの夜中のアルバイト経験が介護の夜勤に役立つのか?

 

そして違和感を感じたもう一つの理由。それは「コンビニで夜中にバイトをすることが果たして介護の夜勤に役立つのか」というものです。

 

そもそもコンビニの夜間バイトでの業務と、介護の夜勤での業務内容って全くといっていいほど一緒ではありません。

 

あと、コンビニの場合、よほどのことがない限り不測の事態は起きないでしょう*1。他方で介護の場合、利用者の体調が急変するということがたびたび発生します。

 

その際、家族に連絡したり、管理者に連絡したり、救急車に連絡したり、利用者が窒息しないように側臥位にしたり、はたまた騒ぎで起きてしまった利用者をなだめなくてはならなかったり…としなければならないことがたくさんあるのです。

 

このとき、果たしてコンビニでの夜間バイトをした経験が役立つのでしょうか。

 

おわりに

 

今回は、はじめての夜勤に不安だった私が上司にした質問への回答が違和感のあるものだったという話をしました。

 

「人に質問しておいてなんだ態度は」と思われるかもしれませんが、それは私の性格なので直しようがありません。申し訳ありませんが。

 

今回はこのへんで終わりにします。それでは。

 

*1 誤解しないでいただきたいのですが、私はコンビニのバイトが画一化された単純労働だとは思っているわけではありません。

初めての介護で利用者とのコミュニケーションが不安な人見知りなあなたへ

はじめに

 

こんにちは。nombre imaginaire(@AeiysIikuchk)です。

 

四月から介護職として働き始めるあなた。

 

「利用者とちゃんとコミュニケーションとれるかな…」とか「あんまり人と話すの得意じゃないんだよなあ…」という不安に苛まれていませんか。

 

私も去年の四月に同じ不安を抱えていました。

 

というのも私は極度の人見知りで、人と目を見て話すのが無理をすれば何とかできるというぐらいだからです。それは今も同じです。

 

そんな私でも今では利用者と冗談を交わすことができています。

 

今回は、こんな人見知りな私がどうやって利用者と冗談を交わすことができるようになったかを紹介します。

 

利用者とコミュニケーションを取る方法は…そう、「無理に話そうとしないこと」

 

まず、私の痛い失敗談をお話ししましょう。それは介護職として働き始めて1か月ほど経ったころでした。

 

先ほども書いたように、私は根っからの人見知りでして職員はおろか利用者ともろくに話すことができていなかったんです。

 

しかも仕事をはじめたばかりでミスもするわけです。

 

そんななかで私は日々メンタルが悪くなっていくのが分かりました。

 

というのも、仕事から自宅に帰ってくると仕事でのミスが頭に浮かんできて、「ああ、私ってなんでこんなできないんだろう…」とか「仕事行きたくないなあ…」と思うようになってきていたからです。

 

しかし、そのような状況でも私は「利用者となんとかコミュニケーションぐらいはとらねば」と気をはっていました。

 

おそらく、私の気がはっているのを利用者は気づいていたのでしょうね。

 

ある日利用者の入浴で背中を流しているとき、「nombre imaginaireさん、なんか無茶してない?もっと、リラックスしていいんじゃないかな」と言われたのです。

 

そのとき、私は「はっ…、無理して話そうとしていたのばれてたのか…」と気づくことができ、次から体の力を抜いて利用者と話してみようと決意をしたのです。

 

そう決意した後気づいたのですけど、利用者との間に生じる沈黙も一種のコミュニケーションだったのです。

 

このように気づいた経緯はまた別の記事で紹介しますが、そうすると、「無理に話そうとしないこと」が人見知りの私でも利用者とコミュニケーションがとれる方法なのではないかなあと思うようになりました。

 

で、こんな私でも今では利用者と冗談を交わせるようにまでなったというわけです。

 

おわりに

今回は人見知りの私がどうやって利用者と冗談を交えるまでのコミュニケーションをすることができるようになったのかを紹介しました。

 

この克服方法は自分だけでできたというわけではありません。むしろ、利用者のおかげでできたという側面の方が大きいです。

 

人見知りを克服するには、自分の意識を変化させることがある程度重要かもしれません。

 

しかし、それ以上に日ごろから利用者と自分が人見知りだと知っていながらもコミュニケーションを取り続ける姿勢が重要なのかもしれないですね。

 

今回はこのくらいで終わりにします。

 

もしよろしければご参考になさってください。

利用者の「やりたいこと」を尊重するとティッシュを取るためにコール鳴らされますよ、と言う話

はじめに

 

 介護業界では、利用者の「やりたいこと」を最優先させるべきという謎の風潮があります。もちろん、利用者をクライアントととらえてその利益を最大化するのはある意味で当たり前ではあると思います。

 

 しかし、介護業界では「利用者の利益最大化=利用者がしたいようにする」といった意味で把握されているように思えます。今回は利用者の「やりたいこと」を尊重した結果、介護職員が召使のように扱われている一つの事例を紹介します。

 

ティッシュとって」

 

 それは私が夜勤で就寝前のケアをしている最中に起きました。ケアをしていると、ある利用者からコールがありました。その利用者は職員の間で「コール魔」と呼ばれていました。

 

 嫌な予感がしたものの、他の職員がコールに対応しなかったため、私が対応することに。

 

 「どうされました。〇〇さん」「いや、おしまちがえちゃったぁ~」「ああ、そうですか。じゃあ、何かあったらまた連絡ください」「は~い」。「ブチっ」。

 

 こんなのは日常茶飯事です。その後、私は淡々と他の利用者に就寝前のケアをしていました。そしたらそのコールの10分後くらいに再度、その利用者からコールが。「また、〇〇さんか…」。やはり、他の職員はコール対応をしません。なので、仕方なく私が対応しました。

 

 「どうされました、〇〇さん」「ごめん。押し間違えちゃった~」「そうですか。何かあったらまた連絡してくださいね(声は優しくしているものの、内心少しイライラしている)」。ブチっ。

 

 「またか…。今日は何回続くのだろうな…」とため息をつきながら思っていると、またその利用者からコールが。いやな予感。

 

 「○○さん、どうしました?」「あのさ~ちょっと来て」「は?」「だから来て」「はい。了解しました。今、向かいますので少々お待ちください(声は平静を装いながらも、内心キレて)」。

 

 私がその利用者の居室に向かうと、そこにはベッドの端に座っている利用者(端坐位といいます)が。

 

 「○○さん、どうしました?」「ああ、あのさティッシュとって」。「(は?と内心思いながらも)ティッシュですね。わかりました」と言って、ティッシュ箱から1枚ティッシュをとってその利用者に手渡しました。

 

「ありがと。もういいよ。おやすみ」。

 

 そのとき、私のなかで何かがプチンと切れた音がしたのですけど、それは気のせいでしょう。「はい。では失礼します」とすたすたと部屋を出ていきました。

 

おわりに

 

 少なくとも、私が働いている事業所ではこれが日常茶飯事です。確かに、利用者の多くは身体的に困難を抱えている方もいます。なので、何らかのケアやサポートは必要でしょう。

 

 しかし、職員のことを「召使い」と思っているのではないかと疑いたくなるような利用者もいます。

 

 どんな業界にも同じような「モンスター」がいるでしょうけど、介護業界の特性としてそういった利用者の横暴に無視できない(というか、しない)という点があります。その理由は様々ですが。

 

 これで賃金が低いという要らないボーナスもついてくるのです。こんな状況で介護職に就こうと思いますかねえ。とくに若い人とか。まあ、自分もその若い人なんですけど笑。

 

 今回はこの辺でおわりにします。それでは。

利用者の好き嫌いで対応を変える感情的な介護職員の話

今週のお題「桜」

はじめに

 

 私は「感情がない」と周囲の方々からよく言われるのですけど、逆に「感情が爆発している人」っているじゃないですか。

 

 私の職場にもそういう方がいます。この記事を読んでいいただいているあなたの職場にもいるかもしれません。

 

 まあ、感情的であることそのものに良し悪しはないんですけど、さすがにその感情の起伏が仕事内容に影響を与えているとなると考えものだなあと思うのです。

 今回は、そんな「感情が爆発している人」が職場で利用者への対応を変えている一つの事例を紹介します。

 

 

誕生日プレゼントに違いをつけるという露骨な対応

 

 今回紹介するその「感情が爆発している人」は、いつも職場で上司への不満やら職場の不満をぐちぐちと話しています。いわゆる「声が大きい人」ですね。その声の大きさは会議などの場でも発揮されます。「私は~~だと思う」と彼女が顔を真っ赤にして演説した意見はそのまま通ってしまうのです。

 

 そんな「声が大きい人」は声が大きいのみならず、利用者への好き嫌いによって対応を変えています。たとえば、会話での言葉づかいに違いがでます。好きな利用者にはやさしく、ゆっくりと、そして笑顔で話しかける一方で、嫌いな利用者には簡素に、そして無表情で話しかけます。まあ、人間なので相性もあるでしょうからそのような対応の違いが出てくるのも多少は理解できるのですけどね。

 

 ただ、最近、「それは露骨すぎないか」と思うことがありました。それはある利用者2名への誕生日プレゼントの作成時のことです。そのうち一人は「声が大きい人」が好きな利用者で、もう一人は嫌いな利用者でした。

 

 もうなんとなく予想がついたと思いますけど、そうこの職員は2つのプレゼントに露骨な違いをつけていたのです。片方は利用者と撮った写真やメッセージ、そしてきれいな装飾をしています。他方は色紙にすこし装飾した程度。

 

 しかもその職員が私に両方のプレゼントをみせて「これでいいと思う?」と尋ねてきたので、私は「どちらも個性があっていいと思いますけど、ちょっと違いがあるのが気になりますかねえ」と多少ポジティブなことを言って返答しました。するとその職員は「そうかなあ。そんな違うかなあ」と真顔で言ったわけです。私はそのあと何も言わずにいました。「もう、何をいってもムダだなあ…」と思って。

 

おわりに

 

 ちなみにその2つの誕生日プレゼントは無事、利用者に届けられました。もちろん、違いをもったまま。

 

 私は基本的に利用者によって態度を変えたりしないように心掛けているのですが、このような方もいるのだなあと新たな発見をすることができました。

 

 ただ、事業所としては対価のあるサービスを提供しているので、自身の感情によって仕事の内容に違いをつけてしまうのはいかがかなあとは思いますけどね。

 

 今回はこのへんで終わりにします。それでは。

介護職でも1年間で100万円貯金することできますよ、という話

はじめに

 

 介護職の賃金は他の業種より低いことで有名です。ただし、賃金が低いからといって貯金がまったくできないか、というとそういうわけではありません。

 

 ちょっとした工夫や生活環境を変化させることで1年間で100万円を貯金することだって可能なのです。

 

 今回は、実際に1年間で100万円以上貯金した私の節約方法を書いてみたいと思います。

 

私が実践した節約術3選

 

1.「無駄」な買い物をしない

 

 そう、まず基本的かつ一番重要な節約術は「無駄な買い物をしない」ということです。

 

 「んなこたぁ、わかってるつうの。どうやって『無駄に買い物をしないようにできるか』を知りたいんだよ」と言う方もいらっしゃると思いますが、まあそうあせらず。 

 

 ところで、「無駄」ってなんでしょう?私にとって「無駄」とは「本を読み、健康で暮らすことができないようなすべてのこと」です。逆に言えば、それ以外のことにはお金をかけているということです。

 

 つまり、自分のなかで大事なことや大切なことを確認し、それにお金を集中的に投資しているのです。

 

 具体的には、自分が欲しいと思った本は1500円以下なら即購入します。他方で、それ以外は極力ケチります。

 

 なので、まず、お金を貯めたいと思ったらすることは「自分は何を大切にしているのか?」を問うことなのではないかなあと思います。

 

 2.休日は自宅で本を読んだり、勉強をする
 

 二つめの節約術は「本を読むことと勉強すること」です。これは非常に個人差が出るところだと思います。外出が好きな人やパートナーがいる方はどうしても外出する機会が多くなりますからね。

 

 私はもともと家にひきこもりがちですし、それに本を読むことや新しい知識を習得するのが好きだったのでこれができたというのがあります。

 

 3.無駄な飲み会に参加しない
 

 最後の節約術は「無駄な飲み会に参加しない」ということです。これも個人差がどうしてもでてしまいますよね。

 

 あと、企業で働き始めるとどうしても人付き合いをしなければならないこともありますから、飲み会への参加費は必要な出費ではあります。

 

 ただし、企業が飲み会代を負担してくれることもあります。私はこういった場合のみ飲み会に参加することにしています。

 

おわりに

 

 以上、私が1年間で100万円以上貯金することができた節約術3選でした。

 

 まあ、こうやって文章にすると改めてほんとに人付き合いしていないなあと思いますね笑。もうちょっとだけ、人付き合いしてもいいかもしれませんねえ。

 

 今回はこれぐらいで終わりにします。それでは。